「許す」という行為

何かいやな目にあったとき、どうしますか?
「許す」という行為は、なかなか出来るものではありません。
恨んでしまったり、いやなことをずーっと考えてしまったり。
それは当然のことでしょう。

でも、「許す」という行為は、とても大変で、とてつもなくパワーが必要ですが、その代わりに、魂がとってもとっても磨かれるそうです。

自分を傷つけた人を許すことは、当然ながら、簡単なことではありません。
たとえ、頭で分かっていたとしても、分かっているのと、許すことができることとは、全く別問題です。

もしくは、自分のことが許せない場合もあるかもしれません。
どうしてあの時あんなことをしてしまったんだろう、と、深く後悔をすることも、生きていればあるでしょう。

でも、許すのか、許さないのか、それは自分自身の問題なのです。
許せない相手のために、悩んだり苦しんだりする時間を持つのも、自分が選択していることです。
他人を許すことの出来ない、いつまでも根に持っている人に限って、自分の過ちには甘かったりしませんか?

人間は、たとえ一生を費やしたとしても、完璧な人間にはなれません。
少しずつ、反省し、向上し、成長しながら、魂を磨いていくのです。

自分を傷つけることができるのも、喜びを与えてくれることができるのも、人間です。
ネガティブな感情に負けることなく、相手と自分のことを思って、「許す」ことをしてみてはどうでしょうか。
きっと、その向こうには、一回り成長した自分がまっているはずです。

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