大学の先生

私は今、ある大学にて事務の仕事をしています。
大学の先生方とも接する機会が多いのですが、彼らの知識の豊富さや若干世間知らずな振る舞いには、たびたび驚かされます。

以前、私の事務室の向かいにある先生のお部屋から、数名の話し声と大きな笑い声が聞こえてきました。

どうやら先生たちが今研究されていることについて、話し合いを行っているらしく、とても専門的な用語ばかりが飛び交っているのですが、よく分からないタイミングで大笑いをしています。
その分野に全く知識のない私には、何がジョークなのかさっぱり理解できませんでした。
また先生たちは、研究に熱心になると、いきなり連絡が取れなくなります。
確認したいことがあってメールをしても、しばらく返ってこないということもよくあります。

また先生たちの金銭感覚にも驚かされます。
研究や学生の教育のためならば、お金に糸目はつけません。
日常的に100万単位のお金のやり取りをされています。
備品購入などの事務処理は私が受け持つのですが、その金額を見ると、こっちまでお金持ちになった気分になります。
また海外出張も多く、毎回みんなにお土産を買ってきてくださいます。
海外でのエピソードを聞くには、とても面白いです。

しかし先生方は、とても気さくで細かな気配りを忘れない方が多く、毎日楽しくお仕事させていただいています。
また先生方の会話はとても勉強になり、様々な分野の知識を身に着ける事が出来ます。
これからも一緒にお仕事をさせていただき、私も広い視野のモテる人になりたいです。

先生と社会

私が中学生のころ、「社会」という教科があった。
大学生である今から考えると、なんともおおざっぱというか…適当なくくりで、世界で起こった事象を学んだのだなあと思う。
小学校では「生活」という教科で、その中に「科学」「生物」「社会」「地理」を一緒くたにして学んでいた。

私はその四つの中でいえば、「生物」が一番好きで、大学でも引き続き勉強している。
しかし、その次に「社会」が好きだった。
高校になるとそれがまた「世界史」「日本史」「現代社会」に分かれて教科となった。
その現代社会の先生が、非常に特徴的な先生だった(ほかの先生も特徴的だったが)。
髪が肩まで伸びていて、喋り方が特徴的で、一昔前に流行ったドラマの先生のようだった。
ネクタイにこだわりがあるようで、いつも違う柄や色のネクタイを締めてきた。
しかし、ドラマの先生とは裏腹に生徒とはあまり積極的には話そうとしなかった。
問題を生徒に当てるというようなことはせずに、淡々と授業を進めていた。
だが、その先生のカリスマ性に引き付けられてか、先生を慕う生徒は多かったが、私は苦手だった。
ある日、あまり生徒としゃべらない先生が、授業が始まる時に「疲れたー…」と一言つぶやいたのを聞いた。
そこで、先生を慕う生徒の数人が「私の方が疲れてるよ!」とチャチャを入れ始めた。
それからだったと思う、私がその先生のことを好きになったのは。
それからは「社会」が私にとって特別なものとなった。
ただ単に「内容が面白い教科」ではなく「先生が面白い教科」となったのだ。
ふと、あのころの教科書を開いてみたくなった。

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